川崎二郎からのメッセージ

俳聖殿、国の重要文化財に指定を受ける


俳聖殿、国重文指定に祖父を想う

伊賀文化産業城は川崎克(祖父)が半生を通じて蒐集してきた書画・骨董を売り立てて建設した物である。
攻防作戦の城は亡ぶる時あるも、産業の城は人類生活のある限り不滅である。
城という日本芸術的作品を通じて、精神気魂を内外に伝えんと企つることが自分の城建築の目的であると祖父は語っている。

俳聖殿は時代背景が変わり、軍部が戦線拡大へと進む中、川崎克が国会壇上で米国との開戦に警笛を鳴らすとともに、芭蕉生誕300年を記念し昭和17年建設をしたものである。
特に瓦ではなく檜皮葺にしたのは、当時類例のない日本建築は建築美術の上の標本として将来残るものであり、この建築物が50年100年の将来に於いて、破損する場合ありとしても、国に於いて保護せられるものと伊東忠太博士に助言されたからと聞く。

戦争に敗れた後の50年100年後の日本を祖父はどのように想像していたのかは、私にはわからない。

自ら「芭蕉は生きている」という著書を書き、郷土の偉人芭蕉を尊敬してやまなかった祖父が、「権力は一時なれど、文化は永遠なり」という思いを込め、多くの方々の協力によって「旅人・芭蕉」あらわす俳聖殿を今日祖父の思い通り、国の指定をもらうこととなり、孫としてほっとしているとともに、祖父の偉業とスケールの大きさをあらためて感じている。







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