大臣時代活動〜JR完全民営化〜

PHOTO

JR完全民営化

 2001年6月、第151回通常国会において「旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律の一部を改正する法律」(JR会社法改正法)が成立し、国鉄改革の最終目標であるJR完全民営化が実現した。
 国鉄解体から実に15年。役員人事、資金調達など経営の重要事項について行政の許可が不要となり、川崎の政治姿勢「やるならば中途半端にするな」という政治姿勢がJRの企業としての活動にはずみをつけたといえる。
 JR完全民営化にあたり、最大の障害は旧国鉄長期債務処理であった。
 日本国有鉄道は1987年4月に37兆円の長期債務を残し、JR7社に分離・民営化された。この残された長期債務37兆円の内三分の一はJR各社が、残り25兆5千億は国鉄清算事業団が引き継いだ。しかし民営化から半年後、当時の中曽根首相が地価高騰を理由に土地の売却を凍結、その後根本的解決は先送りされ、川崎が大臣に就任した時点で27兆円を越える額に膨れ上がっていた。
 運輸大臣に指名される前の5年間、自民党国会対策副委員長を務めてきた川崎にとって旧国鉄債務問題は決して新しい問題ではなかった。国対の総括副委員長として長期債務処理法案を預かり、旧国鉄長期債務処理と国有林野事業に関する特別委員会の設置を画策したのも川崎であった。だが、就任当時、法案通過の見通しは暗く何よりも時間がなかった。
 川崎は法案の項目のなかで与・野党間で問題になっていたJRの年金問題(JR、3600億の追加負担)に対して、政府・自民党案に固執せず野党案にも理解を示し柔軟な姿勢で対応をした。川崎は記者会見で社民党が出した減額案に対し「積極的に検討したい」と発表し法案は野党との共同歩調という形で成立にめどがついた。1998年9月28日政府・自民党はJR負担を二分の一の1800億に減額する方針を決定、法案は衆院本会議では圧倒的多数で可決、少数の参議院本会議では16票の僅差で可決された。
 この野党を取り込んだ攻防を振り返り川崎は次のように語る。
 「国会議員の一人一人が国民の代弁者として選ばれている以上、野党支持の国民の意見にも耳を傾け、与野党が党利を越え、議論を重ね一つ一つの結論を導きださねばならない」
 法案は国会を通過した。しかしJR各社は追加負担反対の立場をかえず、提訴も辞さない態度をとりつづけた。
 川崎は国対時代の経験から難局を打開するには自らが全国を回って各地域のJR社長に直接会い、理解を求めることが必要と判断した。11月8日のJR北海道を皮切りに、16日に貨物、19日に四国、20日九州、23日西日本、25日東海、そして28日に東日本という過密スケジュールで大臣自らが各社を訪問するという異例の行動を取った。
 各社社長は川崎の真摯な態度を重く受け止め、JR各社の負担金額が発表されると2月2日、JR東海が受け入れ、これに4社がつづいた。最後まで追加負担支払いに強硬な反対姿勢を示したJR東日本・松田社長も2月17日に再度もたれた川崎との会談後、追加金負担の支払いの受け入れと、提訴をしない方針を明らかにした。それに続き、提訴の方針を崩さなかったJR西日本・南谷社長と4月21日運輸大臣室において会談。川崎は「法律成立の経過の中で必ずしも意思疎通が完璧ではなかった。十分な説明をしえなかったことは遺憾に思う」と率直にわびその上で「内閣の総意としてさらなる追加負担はない」と確約した。川崎の長期債務問題に対する確固たる信念が南谷社長の心を動かし南谷社長はその場で「訴訟を断念する」と約束をした。
 JRと国が火花を散らしてきた追加金負担問題は川崎の一貫した、「国とJRが共に問題解決のために歩み寄り、JR社員の年金のために双方が負担を分かち合わなければならない」という粘り強い姿勢が解決に導いた。
 川崎は大臣退任後も引き続きJR完全民営化に向けて走り回った。JRが完全民営化するためには政府が保有する株式の売却・JR会社法の改正が必要であった。川崎の後を継ぎ、又同じ政策集団・宏池会に所属している森田一大臣に株式売却・JR法改正を働きかける一方、自民党鉄道基本問題調査会会長代行として民営化に向かう上での問題点・JRの他の私鉄と違う公共性の高さからローカル路線の保護、駅周辺の中小企業への配慮、運賃の通算性などの議論を活発に行った。しかし政府内には「株式を保有し続けることによってJR各社を今後もコントロールしていかなければならない」という意見が少なからずあった。
 川崎は「JRの自主性、安全性、サービスの向上」を三本の柱に掲げ、政府内の株式保有派には「政府保有株を売却しないと鉄道を理解していない大蔵省が経営をチェックしていくことになる。これでは国鉄時代の失敗を再度犯すことになり国鉄改革が完遂しないことになる」と説き伏せ、党内のまとめ役として奔走した。
 そして川崎はついに国鉄改革・完全民営化の総仕上げである政府保有の株式の完全売却、「JR会社法改正案」を2001年3月13日提出までこぎつけた。
 この完全民営化でJRは今までのJR法からは除外され、私鉄と同じ「鉄道事業法」での事業運営が義務付けられる。
 また完全民営化が決定するなかJR各社の内、運営が新幹線に傾いているJR東海はその所有する新幹線が老朽化のための整備・改修費により、現行の新幹線整備法では経営が圧迫されるのではないかと懸念をしていた。川崎はただでさえ莫大な整備改修費用がかかる新幹線の円滑な整備改修を助けることがJR各社の経営の発展につながると考えこの改正法成立にのりだした。川崎の努力が実りこの改正法案は今国会で「全国整備新幹線整備法の一部を改正する法律案」として成立しJR各社の更なる経営発展が可能となった。
 日本の大動脈であるJRの改革、国民の大きな負担になっていた国鉄長期債務の処理、川崎が不断の決意と努力で行ったこれらは求められるべき将来像として一つの規範になるだろう。



戻る

(C)COPYRIGHT 2001 川崎二郎事務所 All Rights Reserved.