大臣時代活動〜将来像を見据えた港湾整備〜

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中部国際空港アクセス港

 国際空港需要の飛躍的な伸びが予想されるなか、国際的な航空ネットワーク形成が急がれている。特に東アジアではシンガポールのチャンギ空港、香港の新国際空港があり中部国際空港は日本で最大の工業生産額を誇る中部経済圏を背景に日本の国際空港機能の大きな強化を担う空港である。
 川崎は自民党国対副委員長時代から「今は東京中心の時代ではない。経済力の高い中部圏という存在を明確に打ち出すため、中部国際空港は必要」と主張しつづけた。
 その川崎が1998年に運輸大臣に就任した事により2005年完成に向けた中部国際空港は大きく前進したといえる。川崎は大臣在任中、退任後は中部国際空港設立議連副会長として、空港全体の計画・環境に配慮する「エコポートプラン」・三重・愛知両県の漁業補償問題など山積する問題に情熱を持って対処をしていった。
 その中で内外から最も問題視されていたのは交通アクセスであった。中部国際空港は常滑沖に建設される。空港の能力を発揮するには空港への交通アクセスを過不足なく整備しなければならない。中部国際空港へのアクセスにつき鉄道は名鉄常滑線の延伸、道路はさらなる整備、そして鉄道・道路を使うと2時間の時間を要する三重県からは伊勢湾を使った海上アクセスの整備が不可欠となった。
 海上アクセスが実現すれば三重県から日に3000人の需要が見込める。海上アクセスルートについては津港・松坂港・四日市港・鳥羽港の4港が名乗りをあげた。しかし運行事業者の公募では四日市は道路状況の利便性から応募はなく、松坂もなく、鳥羽は検討中、唯一津市だけが期間内に運行事業者の応募があった。
 津市はもともと安濃津と呼ばれ、その名が示すように港町として栄え、明治22年の市政施行後は県都として行政機関・商業施設・教育機関が集積する町として発展していった。しかし現在では県内人口は3位でしかなく、中心市街地活性化が叫ばれていた。「安濃津以来の海に寄せる思い」は津市市民に共通の思いであり、中部国際空港アクセス港計画はまさに津市再生の起爆剤であった。
 悪天候のなか運輸省幹部と中部国際空港を船上から視察した川崎は海上アクセスルートを身をもって体験し「伊勢湾の形状から悪天候下でも運行に支障はない」と計画の成功に自信を深めた。しかし、折しも国の予算は厳しい状況下にあり、特に港湾関係予算は削減される一方であった。新規着工を希望する他の7港も予算補助が見送られていく中、川崎は自ら関係省庁に赴き理解を求めるという地味だが確実な活動をし続けた。
 川崎は国政報告会を通じてきこえる津市民の港に対する切実な思いと自身の考えを関係者一人一人に熱く語った。
「確かに日本各地には将来性を見極めていない港がある。しかし中部国際空港まで30分程度で行ける津市アクセス港計画は国際空港への玄関口として、三重県、他県の利用者が見込める。又この津市の港はアクセス機能だけでは終わらない。建設予定地である贄崎地区はヨットハーバーを要し、休日には市民の憩いの場となっている。そこにレクリエーション機能を敷設することによってアクセス機能とマリンレジャー機能を併用する新しいタイプの港になる」
 この川崎の斬新的な考え方と地元関係者を伴った連日の訪問により関係省庁の津アクセスターミナルに対する理解は深まっていった。
 そしてついに平成12年度予算において6億1250万円の予算が、つづく平成13年度予算においては新規事業採択として18億円が補助されることになった。これにより旅客ターミナル・浮桟橋・防波堤などアクセス港に必要な施設の建設が可能になった。
 しかし、三重県側の海上アクセス整備が整ったとしても、愛知県・空港側の高速船・フェリーが係留できる施設(岸壁・浮桟橋・旅客ターミナル)、係留地から空港までの歩道整備が必要である。
 川崎は、近々の課題としてこれら国際空港にふさわしい海上アクセス窓口の整備、そして津市・三重県の発展の拠点としての港造りを目指し懸命に走り回っている。


中部経済圏を担う海上輸送(四日市・名古屋港整備)

 現在、経済・産業の国際化を背景に貿易が活発に動いている。人の交流・物の取引において人の交流・旅客機輸送では航空機の占める割合が高く、川崎は成田空港並行滑走路・中部国際空港の整備によってその発展に努めてきた。
 物の取引においては取扱量で船舶の比率が航空1に対し船舶99と圧倒的に高く、海上と陸上の接点である港湾は経済・産業面で大きな役割を果たしている。
 しかし、国際競争が激化する現在、物の取引の窓口である港湾にとって整備の現状は国際競争を勝ち抜ける体制であるとはいえない。
 海上行政を担う運輸大臣となった川崎は、「国際貨物船が巨大化する中、日本では6万トン級船舶が接岸可能な水深14メーター港の数が少なすぎ、欧米諸国との貿易船の中には韓国・プサン港や台湾・高雄港でより小さい船に積み替えて日本に輸送しているものもある。世界共通規格コンテナによる輸出入が行われている今日の状況下では輸送能力が勝負であるのにこのままでは産業全体の足枷になりかねない。」と省内で語り、改善に向け活動を開始した。
 事実、港湾コンテナ取扱量自体は増加しているのにもかかわらず、欧米とアジアを結ぶ定期期間航路に就航するコンテナ船の寄港割合はこの1998年までの10年で約4割〜5割の減少を見せている。
 川崎は、国際競争力を回復させる方向性として三大湾(伊勢湾・東京湾・大阪湾)や北部九州を中枢国際港湾と位置付け、港湾への重点投資による機能強化を打ち出した。
 そして中部経済圏の更なる発展を目指す川崎は、伊勢湾の重要港湾である四日市港・名古屋港の機能強化に取り込んだ。
 四日市港は古くからコンテナ輸送を開始し、ここ10年のコンテナ取扱量は約4倍の大きな伸びを見せている。しかしその取扱量にもかかわらず港は水深12メートルであり4万トン級コンテナ船の接岸が限度であった。
 名古屋港は全国でのシェアが17パーセント、外貿コンテナ貨物取扱量が3120万トンに達する伊勢湾海上輸送の拠点である。中部の発展性を考えると、名古屋港は現在就航中の最大規模のコンテナ船(14.5メートル)には対応しておらず、国際的な港とは呼べない状態であった。
 川崎はこの事実を踏まえ、四日市港北埠頭に6万トン級コンテナ船に対応する14メートルの水深をもち全長360メートルの大水深岸壁を備えた港の建造を強力に推し進めた。川崎の努力の結果、平成12年度予算において、岸壁建設95億円、泊地建設47億、全体事業費142億円の予算で着工が認められることとなった。
 又、名古屋港についても横浜港についで我が国2番目である水深16メートルの国際海上コンテナターミナルの整備が、全体事業費563億円で認められることになった。
 これら川崎が行った将来性を見つめた港湾整備によって、中部経済圏の発展を担う海上輸送は確保されたと言える。海上輸送におけるハード面は整備した。しかし今後、港の24時間フルオープンなどソフト面での整備が必要となる。川崎は中部経済圏の発展の為、陸・海・空すべてのインフラ整備に全力を傾ける。



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